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東京高等裁判所 昭和41年(行コ)37号 判決 1967年7月26日

控訴人(原告) 坂入徳治 外七名

被控訴人(被告) 下館市長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和四〇年二月二五日にした『下館市大字小川字前原一四一四番の一(原判決添付図面中(イ)および(ニ)と表示された地点)を起点とし、同所一四三四番の三(同図面中(ロ)および(ハ)と表示された地点)を終点とする幅員三・六メートル、延長二三五メートルの市道三〇二号線(同図面中点線で囲まれた部分)を、同所一四一四番の一(同図面中(ニ)および(ホ)と表示された地点)を起点とし、同所一四三四番の三(同図面中(ハ)および(ヘ)と表示された地点)を終点とする幅員五・四メートル、延長五二八メートルの路線(同図面中斜線部分)に変更する。』旨の市道路変更処分および『原判決添付図面斜線部分に該当する土地を市道の道路区域とする。』旨の市道区域決定処分が無効であることを確認する。仮りに右請求がないとすれば、右市道路線変更処分および市道区域決定処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、原判決の事実の部に書いてあるとおりである。

理由

一、被控訴人が、昭和四〇年二月二五日、下館市議会が同月二四日にした議決を経て、控訴人ら主張のような市道路線変更処分(以下「本件路線変更処分」という。)および市道区域決定処分(以下「本件市道区域決定処分」という。)を行い、四月二五日その旨の公示をしたことは、当事者間に争いがない。

二、本訴において、控訴人らは、本件路線変更処分および本件市道区域決定処分が違法であると主張して、右各処分の無効確認もしくは取消を請求している。

一般に、行政処分無効確認の訴もしくは取消の訴の対象となりうる行政庁の処分というのは、国民の権利義務を形成し、または確定する効力をもつ行政庁の権力的行為のことであり、したがつて、右の行政庁の処分といえるためには、国民の権利義務に、直接に、法律上の影響を及ぼす行為でなければならないのである。これを路線変更処分についてみるに、路線変更処分というのは、既存の道路について路線の全部または一部を廃止し、これに代わるべき路線を認定する行政行為のことであり(道路法第一〇条第二項)、市町村道の路線の変更は、市町村長が、あらかじめ当該市町村の議会の議決を経て、既存道路について路線の全部または一部を廃止するとともに既存道路に代わるべき路線を認定し、新旧路線について、それぞれ、路線名、起点、終点、重要な経過地等を公示する方法で、これを行うものとされており(道路法第一〇条第三項、第八条、第九条、道路法施行規則第一条)、路線変更処分がされると、これにもとづいて、(1)道路管理者(市町村長)が新道路の区域を決定し、(2)その敷地の上に所有権その他の権原を取得し、所要の工事を施工して、道路としての形体をととのえ、(3)その供用を開始するという手続が順次ふまれて、道路が成立するが、一方、既存道路は、路線変更処分によつて、自動的に供用が廃止されるのである。そして、右(1)の新道路の区域の決定がされると、なんびとも、道路管理者がその敷地の上に権原を取得する以前においても、道路管理者の許可を受けなければ、新道路の敷地の形質を変更し、工作物を新築し、改築し、増築し、もしくは大修繕をし、または、物件を附加増置してはならないというように、右敷地に関する権利に対して制限が課せられ、これらの制限によつて損失を受ける者がある場合においては、道路管理者はその者に対し、通常受けるべき損失を補償しなければならないのであるから(道路法第九一条第一項、第三項)、右の新道路の区域の決定は、国民の権利義務に、直接に、法律上の影響を及ぼす行為であつて、前記行政庁の処分に当ることは明らかである。これに反し、路線変更処分は、道路区域決定処分の基礎をなすものであるとはいえ、それ自体は、(イ)新路線の認定によつて、その路線に属する道路を道路法上の特定の種類の道路(道路法第三条)とする(新路線の認定によつて道路法上の道路が成立すると、道路法第一六条の規定により、道路管理者が決定される。)とともに、(ロ)旧道路についてはその供用を廃止するというだけの行為であつて、右(イ)の面においても、(ロ)の面においても、国民の権利義務に、直接に、法律上の影響を及ぼすものではない。

この点に関し、控訴人らは、本件路線変更処分によつて本件旧道路の供用が廃止されて、控訴人らの権利が侵害されたと主張するので、さらに検討する。

まず、控訴人らは、本件旧道路敷について控訴人らが有する旧慣使用権が侵害されたという。

地方自治法第二三八条の六に規定された旧慣使用権は、明治二二年中、同二一年法律第一号市制町村制が施行される以前からの慣行により、市町村の住民中一部の者が公有財産を使用する権利を有する場合に、特にこれを公法上の権利として保障したものである。しかし、本件において、仮りに本件旧道路敷が右旧慣使用権の対象となつていたとしても、本件旧道路は、供用廃止によつて、一般交通の用に供することを廃止されたというだけであつて、その敷地の公有財産としての性質は失われないのであるから、本件路線変更処分によつて、直接に、右控訴人らの旧慣使用権が法律上の影響を被るとみることはできない(本件路線変更処分当時、本件旧道路敷は下館市の所有であつたが、右処分後、下館市と訴外日立化成工業株式会社との間で、本件旧道路敷と右会社所有の本件新道路敷との交換がされたことは、当事者間に争いがない。右事実によると、下館市は、右交換により、本件旧道路敷の所有権を失い、本件旧道路敷は公有財産としての性質を失つたものである。そして、右交換につき地方自治法第二三八条の六所定の市議会の議決を経れば、控訴人らが主張する旧慣使用権も消滅するわけであるが、これは私法上の行為である交換自体の効力として生ずる事態であつて、本件路線変更処分によつて生ずる事態ではない。)。

次に、控訴人らは道路使用の自由権が侵害されたと主張する。

市道は一般交通の用に供することを目的として設置された公共施設であるから、なんびとも、他人の共同使用を妨げない限度で、これを交通のために自由に使用することができることはいうまでもない。しかし、それは、市道が供用の開始により一般交通の用に供された結果として享受することができる反射的利益であり、したがつて、道路の供用が廃止された場合には、当然に消滅すべきものである。市道使用の自由を目して権利としての使用権が与えられているとするのは当らない。控訴人らが挙げる道路法、地方自治法の諸規定を根拠に、市道使用の自由が、反射的利益にとどまらず、法によつて保護される利益であるとすることは無理である。したがつて、本件路線変更処分によつて本件旧道路の供用が廃止された結果、控訴人らの権利ないし法によつて保護される利益が侵害されたとすることはできない。上述のとおり、市道使用の自由を権利または法によつて保護される利益ではないとしたのは、市道路線変更処分が国民の享受する右の自由に直接法律的な影響を及ぼすかどうかという観点から、論定したものであることはもちろんである。市道使用の自由をもつ私人が、他人に右自由を妨害された場合に、妨害者に対し、不法行為にもとづく損害賠償を請求し、また妨害そのものの排除を請求することができるかどうか―換言すれば、不法行為法による損害の填補あるいは人格権侵害にもとづく妨害除去請求権の観点から市道使用の自由を権利または法によつて保護される利益と把握することができるかどうかは、別途に、解明されるべき問題であり、その結論の如何によつてさきに述べた判断は左右されないとすべきである。

以上を要するに、本件路線変更処分は、控訴人らの権利を含め一般的に国民の権利義務に対し、直接に、法律上の影響を及ぼす行為であるということはできない。してみると、本件路線変更処分は行政処分無効確認の訴もしくは取消の訴の対象となりうる行政庁の処分には当らず、本件路線変更処分の無効確認もしくは取消を求める控訴人らの本訴請求は権利保護の資格を欠くものといわざるをえない。

三、本件市道区域決定処分についてその無効確認もしくは取消を求める控訴人らの本訴請求は、控訴人らが右処分によつていかなる権利もしくは法によつて保護された利益を侵害されたと主張するのか明らかでないから、訴の利益を欠くものとしなければならない。

四、以上説明したとおりであつて、本件路線変更処分および本件市道区域決定処分の無効確認もしくは取消を求める控訴人らの本訴請求は不適法として排斥を免れない。結局これと同趣旨に出た原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 蕪山厳 高橋正憲)

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